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非対格性仮説と場所格倒置構文 [特講]

「中庭」を見て、私の考えを少しまとめておきました。
思いつきではなく、以前からの考えです。修論や既発表論文の内容ともかぶっています。
興味のある方だけどうぞ。

英語には次のような文がある。

(1) There is a book on the table.

これは一般に「存在のthere構文」と呼ばれている。
一方、(2)の語順もある。

(2) A book is on the table.

英語は通常SVO語順なので、もし(2)の語順が「基本」であると仮定すれば、(1)の文は動詞(be)と主語名詞句(a book)が「倒置」しているように見える。(1)の語順がなぜ可能か、考えなければならない。
一方、やや文語的だが、(3)のような文もある。

(3) On the table is a book.

これは「場所格倒置」(locative inversion)と呼ばれる。まあ、このように on the table と a book だとちょっと不自然。このままでは(3)は?くらいかな。
単語を変えて、たとえば、

(4) Over her shoulder appeared the head of Genny's mother.

にすれば完全に適格。
さて、(4)ではbe動詞ではなくappearが使われている。be動詞以外にどのような動詞がこの構文にあらわれるだろうか。

1980年ごろ、関係文法のPerlmutterらにより、自動詞はさらに2つに分類される、という説が提唱された。

(5) 非能格動詞:意図的な行為にかかわる動詞
 work, play, talk, swim など
(6) 非対格動詞:意図的ではなく、自然発生的な出来事にかかわる動詞
 break, fall; be, appear など

この考え方を「非対格性仮説」(unaccusative hypothesis)と呼ぶ。
これを支持する立場から、Burzio, Levin & Rappaport-Hovav, 影山太郎らにより、さまざまな言語で、非能格動詞と非対格動詞が異なったふるまいを示すことが論じられてきた。
その代表が、イタリア語の助動詞選択である。

(7) Giovanni è arrivato.
(8) Giovanni ha telefono.

イタリア語の完了形は、動詞により、助動詞としてessere(=be)かavere(=have)のどちらかをとる。
(7)のarrivato (=arrive)はè(=be)、(8)のtelefono(=telephone)はha(=have)をとっている。
すなわち、非対格動詞はbe、非能格動詞はhaveをとる、と言うことができる。

英語のthere構文と場所格倒置構文にもどる。

(9)a. There appeared a ghost in the room.
   b. In the room appeared a ghost.
(10)a. *There worked a man in the room.
    b. *In the room worked a man.

(9)のように非対格動詞の場合、there構文・場所格倒置構文のいずれも可能。
しかし(10)のように非能格動詞では、there構文・場所格倒置構文はいずれも不適格となる。
なぜだろうか。

さて、VP内にある項を内項、外にある項を外項と呼ぶことにする。
外項をx、内項をyであらわす。
したがって、ふつうの他動詞は、

(11) 他動詞:<x<y>>

とあらわされる。yが内側のカッコ(=VP)の中、xは内側のカッコの外にある。
Burzio らは、非対格動詞・非能格動詞について、以下のような構造を仮定した。

(12) 非対格動詞:< <y>>
(13) 非能格動詞:<x< >>

(13)のように、非能格動詞は外項xを持つ。他動詞の主語に相当するのだからあたりまえ。
ところが(12)のように、非対格動詞は外項を持たず、内項yのみを持つと考える。

(12)を仮定すると、能格動詞(ergative verb)について説明できる。

(14)a. Mary broke the glass.
    b. The glass broke.

(14)のような構文交替を「能格交替」と呼ぶ。
(14a)のbreakは「こわす」という他動詞、(14b)のbreakは「こわれる」という自動詞だが、なぜ(14a)において目的語であるthe glassが、意味的に対応する自動詞文(14b)では主語位置にきているのだろうか。

(15)a. 他動詞break:<x<y>>
    b. 自動詞break:< <y>>

他動詞breakは外項xと内項yを持つが、自動詞breakは内項yのみを持つ。
したがって、(14b)の基底構造は、(16)のように想定される。

(16) _____ broke the glass.

ところが(少なくとも)英語では、文に主語が必要である。(これを「拡大投射原理」と呼ぶ)
したがって、(16)のままでは文が成り立たない。そこでthe glassを主語位置に移動し、

(17) The glass broke t.

という文ができあがる。(tは移動の痕跡)

したがって、能格交替が可能な動詞は非対格動詞に限られることになる。

(18)a. The child walked.
    b. *The mother walked the child.

(18b)は「お母さんは子供を歩かせた」のつもりだが、不適格。なぜならばwalkは非能格動詞なので、自動詞breakとは異なり、外項xのみを持つ。

(19)a. 自動詞walk:<x< >>
    b. 他動詞walk:??

外項xのさらに外側に使役主the motherがあらわれる余地はない。
(注:実は(18b)はそれほど悪くなくて、経路を示したりすればさらに容認性が上がります。それはないしょ)

話をもどして、なぜ非対格動詞のみthere構文・場所格倒置構文が可能なのか考えよう。

(20) _____ appeared a ghost in the room

(9)の文は(20)の基底構造を持つと考える。
a ghostは動詞appearの内項として、もともと動詞の後にあった。
しかし、このままでは主語がないので、英語として不適格。
そこで、①a ghostを主語位置へ移動、②「虚辞」thereを主語として挿入、③in the roomを「主語の代わりになるもの」として主語位置へ移動、のいずれかの方法により、正しい文(21)が作られる。

(21)a. A ghost appeared in the room
    b. There appeared a ghost in the room.
    c. In the room appeared a ghost.

なぜ非能格動詞ではthere構文・場所格倒置構文が不可能なのかは、これでおわかりだろう。

(22) A man worked in the room.

a manは外項なので、(20)と異なり、すでに主語位置にある。だからthereを入れる必要も場所もないし、場所句が先頭に出ることもないのである。

(23)a. *There worked a man in the room.
    b. *In the room worked a man.

(さらに、もしthereや場所句を先頭に入れることができたとしても、今度はworked a manという倒置を説明できなくなることに注意)

ということは、もし非対格性仮説が正しければ、there構文や場所句倒置は、真の意味での「倒置」ではない。
むしろ(21a)のようなS-V語順こそが「倒置」されていることになるのだ。

さて、インドネシア語。

(24)a. Ada pohon di taman ini.
    b. Pohon ada di taman ini.
    c. Di taman ini ada pohon.

adaは非対格動詞である。したがって基底構造は

(25) ____ ada pohon di taman ini

になるだろう。
ここで、英語とは異なり、インドネシア語では「文に主語がなくてもいい」と仮定する。
(注:この表現はきわめて微妙。「主語位置を埋める必要がない」「VP内で主格が付与される」などの可能性もあろう)
したがって、(25)のままでよく、(24a)の語順になる。
もちろん、何か理由があれば、英語と同じようにpohonやdi taman iniを主語位置に移動して(24b,c)の語順も可能である。
(注:「何か理由があれば」というのもあやしい。つっこみどころです)
そして、動かす必要がなければ動かさないに越したことはないので、(24a)がもっとも自然な語順ということになる。

では非能格動詞ではどうなるか。

(26) Karyawan bekerja di kantor ini.

(26)が基底構造。(25)と異なり、karyawanは外項なので最初から主語位置にある。

(27)a. ?Bekerja karyawan di kantor ini.
    b. ?Di kantor ini bekerja karyawan.

したがって、非対格動詞とは異なり、bekerjaのような非能格動詞では(27)のような「倒置」語順は派生しない。
説明終わり。めでたしめでたし。
(注:(27)はそれほど悪くないかもしれません。また、ber動詞だと別の制約が働く可能性もあります。基語動詞の非能格動詞だとどうなるでしょうか。また、当然のことながら、非能格動詞/非対格動詞の区別をどうやってするか、というのが大問題です)

参考(おすすめ)文献
影山太郎『動詞意味論』
三原健一『生成文法と比較統語論』
高見健一・久野すすむ『日英語の自動詞構文』


コメント(1) 
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コメント 1

anda

さあ、Dr論文だ…
by anda (2008-06-15 14:47) 

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