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107 【中級】単語 [中級]

Banyak orang sudah _____ menjelang Lebaran.

A. maju
B. manja
C. mudik
D. mundur

解答:C
レバランをひかえて、多くの人はすでに帰省している

mudik は「故郷に帰る、帰省する」という意味。辞書には(口語)(ジャワ語)等の表示があるが、一般的なことばとして、イン検でも何度か出題されている。

Kamus Besar で mudik を引くと、一つめの意味として (berlayar, pergi) ke udik となっている。すなわち、mudik とは udik に行くことである。udik とは何かといえば「川の上流、水源」。mudik は本来「川の上流へさかのぼる」という意味らしい。

(雑談)
名詞 udik に (me- ではなく)m- がついて mudik という動詞になる。これは、インドネシア語(マレー語)の祖先であるアウストロネシア祖語の特徴が生き残っているのかもしれません。
aju / maju, undur / mundur も関係がありそうです。
そう言えば、makan, minum も m- で始まってますよね。

例えば makan について考えましょう。アウストロネシア語族に属するいくつかの言語で、「食べる」は以下の通りです。

カナカナブ   kaen
パイワン    kman
プユマ       mekan
アミ         komaen
(以上4つは、台湾原住民諸語)
タガログ     kain 
インドネシア makan 
ジャワ       mangan

驚くほど似てますね。(都合のいい例だけあげたからですが。)おそらく祖語では *kaen(?) のような形をしていたのでしょう。

ちなみにタガログ(フィリピノ)語では、 kain は例えば次のような活用をします。

行為者焦点・不定形 kumain   (接中辞 -um-)
行為者焦点・完了形 kumakain (接中辞 -um- + 第一音節のくり返し)
対象焦点・不定形   kainin   (接尾辞 -in)

ここでタガログ語の「行為者焦点」や「対象焦点」がどのようなものであるか、説明する余裕はありません。「外見的」には、インドネシア語の能動態・受動態とはかなりちがったものです。しかし、タガログ語の「焦点」とインドネシア語の「態」は密接な関係がある、というのが私の直観であり信念です。いつの日か解明したいものです。
(つけ加えると、タガログ語対象焦点接尾辞の -in はジャカルタ方言接尾辞 -in (≠ -kan)を想起させます。さすがに直接的な関係があるとは断言できませんが)

インドネシア語 makan は、*kaen(?) に接頭辞 m- がついた形。ということは、memakan は接頭辞がダブルでついた変な形ということになります。


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